自然出産の殿堂〜『玄牝 げんぴん』吉村正先生。ハイリスク妊婦だった私が、新幹線通院。薪割りに通った、吉村医院の話①

先日、ふと思い立ち、婦人科健診を受けに、岡崎の吉村医院に行きました。愛知県岡崎市。15年前、妊娠中にお世話になり、せっせと通った医院です。

妊婦が薪割りするので有名な、自然出産の産婦人科医院。先代の吉村正先生はカリスマ性の強い、際立つ方で、メディアによく取り上げられ、映画にもなりました。

私はハイリスクな妊娠でした。高齢、初産、ハイリスクの三拍子👐🏻当時住んでいた広島の街中の産婦人科医に「僕、こんな妊娠見たことない。こんなの妊娠継続できるとは思えない。継続できなかったら母体が危ない。どこにでも紹介状は書きます。他所へ行ってください」とスパスパ言われました。

これがインフォームドコンセント❓妊娠継続できると思えない&継続できなかったら母体が危ないって、『母体』に言うのね。全く救いのない話じゃないの。爆弾💣放り投げるみたいに言い捨てて。胎児もろとも、もうじき死ぬかも、って言ってるわけね。ただの「人でなし」じゃないの💢ひどいなぁ😡😨😱

袈裟がけにバッサリ切られた気分で、小綺麗な町医者を出ると、平凡な町並みがキラキラ美しく輝いて見えました✨ああ、私、ガン宣告された人みたい、と思いました。と同時に、謎の底力が湧きあがってくるのを自分の内に感じました。マグマみたいに🌋

生き抜いてやる❣️❣️と思ったのですね。

位置の悪い、巨大な子宮筋腫との合併妊娠。設備の整った総合病院で診てもらうべきケース。妊娠継続できるか不明、できたとしても分娩障害が起きると考えられていた、と思います。

ところが、

私は化学薬品全般にアレルギーがあり、アナフィラキシーショックも起こしていたので、薬剤で妊娠管理されることは向いてない。

まだ、薬剤のアレルギーやアナフィラキシーショックの怖さが周知されていなかった時期。話が通じるのは、都内の大きな病院の内科系の医師くらい。地方では、話の通じない方が多くて、困りました。

当時住んでいた広島市内の大きな病院3つ、扱った症例を調べたら、類似のケースは、過去、数例のみ。

広島の病院全般の印象が。なんだか威勢がいいというか、きっぷがいいというか。薬剤投与や医療措置をバンバンやってくれちゃう感じが強い。私には、合わない地域だな、と感じてもいました。

私の症例が得意な病院は、東京の広尾日赤。こちらは症例が豊富。妊娠初期なら手術できる。どうせ医療の枠組みに入るしかないなら、最初から、症例豊富な広尾日赤にお世話になりたい。でも、市販の総合感冒薬すら嘔吐が止まらず、有効利用できないのに。ヤバすぎる。

自分の体質とそれを理解してくれない人たち(実親含む、です)💦

当時、世間には「アレルギー」すら理解不能な人たちが多くいて、わがまま、大袈裟、神経質、と揶揄する気分が蔓延して残っていました。アナフィラキシーショックは理解のハードルが高すぎる。大体、うちの親が、何度言っても、理解しない。さあ、困った。

産婦人科の医師たちは、化学薬品のアレルギーへの配慮の余地はあまりないと思います。でも、まあ、逆の立場になってみれば、そんなこと言われたら、困るだろうなあ、と思うんですよね。薬剤投与と医療措置でコントロールするのが、やり方なんだから。

産婦人科に行って、化学薬品を使わないで妊娠管理してくださいっていうのは、肉屋に行って「ニンジンください」っていうのと同じことなんだろうな。所詮、無理ってことよね、と。

そこで、

いっそ、自力で産んでやろうか🐅😤コクヨのハサミでへその緒切って産んでやろうか😤と思い、自宅で自力で出産するシーンが出てくる映画を観たりしました。笑

純粋に映画として、優れた良い作品です。生々しいけど。名作。

一部始終を観て、腹が決まりました😤これは私には無理🙅‍♀️なんとしても、お医者を探しましょう。たった一人でいいのだから。

近所のスーパーで、立ち読みした週刊文春の特集で、吉村医院が取り上げられていました。そういえば、なんか、変な産婦人科が岡崎にあるって、何かで見たことがあったなー。記事を読み、さらに情報を集め、吉村先生の著書を手に入るだけ読みました。

自然出産をめざし、薬剤投与は極力しない方針、妊婦が本来持ってる力を引き出す暮らし方を大切にすることで、良いお産を実現する。産婆さんか?と思うようなやり方だけど、吉村先生はれっきとした医師。

こんな変わったことをやってるんだから、提携先の総合病院がしっかり下支え、セイフティネット張ってるよねえ?でないと、危うすぎる、と思い、さらに調べると、吉村医院のホームページにちゃんと書いてありました。搬送率は4%位。(2006年当時)搬送先は主に2つ。しっかりした総合病院。

色々考え合わせると、私が吉村医院にお世話になった場合、

薬剤投与無しで、元気に暮らして、自分の体調も万全にしつつ、できるところまで胎児を育てて、最後は野となれ山となれ🙌🏻搬送先はある❣️っていうコースだろうな🏞と思いました。

自然出産なんて、今どき稀な、とびきりの贅沢なお産で、私のような者には縁がない、という認識だったのです。

まずは吉村医院に相談する。受け入れ拒否されたら、広尾日赤に行く。ダンナくんと相談して、そんな方針を立てました。広尾日赤に行く可能性を考えると、決断は早く。急がなくてはなりません。妊娠初期にしかできない医療措置があるから。

そうして、ダンナくんと二人で、初めて、吉村医院を訪ねたのでした。広島から新幹線に乗って。

広島の町の産婦人科医に、「里帰り出産希望です」と話した時は、信じられない、という感じで目を丸くして首を横に振り、電車に乗ったら流産するかも、とほのめかされ、貴女は普通の人と同じことを考えられる状況じゃない、と諭されました。ダンナくんの提案で、グリーン車に乗って行きました。グリーン車だからって、何がそんなに違うのかしら。笑 優しいケムに巻かれながら。

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