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西葛西とインド🇮🇳〜この世のものではない不思議なお話含む

西葛西といえばインド🇮🇳

東京都江戸川区、西葛西。千葉寄り、東西線、埋め立て地、臨海地区。東京ディズニーランドの舞浜駅は、ほんの数駅先。都内で働くのに利便性が高く、家賃や物価は比較的安く、教育などの助成が厚く、子育てしやすい環境整備に熱心な区です。

昨今は、インド人の多い地区として有名です。2000年問題(懐かしい〜)に対応するために、IT関係のインド人を雇い入れたのがきっかけで、インド人が根付いたのです。西葛西は、東西線で都心へのアクセスが良いのに、都心よりは家賃負担が少ないので、住処としては穴場的にメリットがあったのですね。加えて、チャンドラニさんという、一人のインド人(貿易商)が先住していたことが大きい!チャンドラニさんこそが、西葛西インドコミュニティ創生の要。インド人たちは、チャンドラニさんを頼って、次々と西葛西に住み着いていきました。

実は、私、住んだことがあります。西葛西。

私達が引っ越す頃になって、ぼちぼち、インド人女性の姿を見かけるようになってきた、というタイミングでした。これから西葛西は変わる、何年かたったら面白い街になるだろうな、その頃に住みたかったわ〜、と思ったものでした。私が住んでいた頃(2001年から4年間)は、まだ単身のインド人を駅でちらほら見かける程度で、家族で根付いて住んでる風ではなかったんです。年収700万円位の、IT関係のインド人、と聞いていました。

西葛西の最初の2年は、辛い、寂しい、怖い、ネガティブな思い出が山盛りです。あの頃の私には、大変住みにくい所でした。

転入転出率の高い埋め立て地で、古くからの、草の根的な繋がりがない地区なのですね。トラックターミナル、ディズニーランドが近い、葛西臨海公園、タワーマンションが林立。大きな箱モノが多く、無機質な感じ。

特有のものが色々出てくるんだな、と思いました。

朝、夫を送り出し、家事がひと段落して、ジョギングに出て、変質者に追いかけられたこと、複数回‼️図書館帰りに、前から来たゴロゴロ引いた高齢者に道を開けたら、いきなり殴りかかられ、かわして走って逃げたら、信号2つ、追いかけられたことも。

昼前の、明るい時間帯に、なぜ⁉️と思いましたが、働き盛り世代に偏った地域は、スクールタイムに人気が無くて、意外に危ないのです。

といって、夜が安全なわけじゃありません、もちろん。駅から向かう道は意外とまあまあ大丈夫だけど、葛西臨海公園からの緑道は時々親父がりが出るから要注意、とか。住むうちに徐々に習得していくのですね、身のこなしを。

近くの公営住宅に、婦女暴行犯が住んでいて、最近また家に戻ってきたから、気をつけて、と、社宅の複数人から言われ。一番驚いたのは、犯人が、家族で住んでいることでした。そもそも人の関わりが希薄だから、『世間』がないのですね。引っ越すのは、嫌な思い出を振り払いたい被害者の方で、加害者側は定住し続け、同じ犯罪を繰り返す構図。

大きな箱モノで構成された街の隙間隙間に、樹木を植えて、安らぐ街並みを目指すのは悪くない考えだけど。草の根的な人の繋がりや自然な営みから派生してないから、犯罪の温床になるリスクと背中合わせになっちゃう。茂った樹木が、絶好の目隠しになる側面があるのですね。昔ながらの路地裏の家々の軒先の、鉢植えの草花は、お世話する人、眺める人、周辺環境への自然な配慮を伴いつつ、人の心を和ませるから、結果的に犯罪の抑止にも繋がるのだけど。

社宅の駐車場でも、様々な事件が多発。タイヤ盗難に遭った方、車全体をボカスカ傷だらけにされた方、スプレーでいたずら書きをされた方。。うちは、隣の車がボコボコにされたついでの余波で、ピーッと一本線を入れられたことも。

子どもが危ない目に遭うことも多いので、親御さん達が言い聞かすのでしょう。エレベーターに私一人が乗っていると、乗らずに見送る子どもが時々いました。複数人が乗ってるエレベーターは乗っていいけど、一人しか乗ってないエレベーターには乗ってはいけない、をおうちルールにしてるご家庭が多かったのですね。実際、エレベーターで二人きりの時に変質者や強盗の被害に遭う例が多かったので、私自身も、男の人が一人で乗ってる場合は見送っていました。

まあ、そんな暮らしの中でも、少しづつ、人同士の関係を紡いだり、楽しみを見出したりしていくのですよね。

お隣の中学女子が、夜の9時過ぎに、「卵を一つ、いただけないでしょうか」ともじもじ恥ずかしそうに言ってきた時は、楽しい、びっくりでした。バレンタインの前の日で、お父さんと弟にあげるチョコを製作中、卵が一つ、足りない、と。可愛くて楽しくて嬉しかった。

地区のお当番で顔見知りになったママと、お茶会・飲み会やったり。

ご近所の方と、ちょっと立ち話したり。手作りのお菓子や、実家から送られてきたものを、お裾分けし合ったり。

薄くて淡いお付き合いが、一人一人の暮らしを照らす力は、案外大きいと思うんです。やってること自体は、ほんのささやかなことでも。

反対に、心ない言葉や、ひどい振る舞いの一つ一つが、人の繋がりを分断し、暮らしを重苦しく、殺伐とさせる負の力を持ちます。やはり、人同士が笑顔で挨拶できる、ちいさな交流が成り立つ、さりげない親切が当たり前に受け入れられる環境って、かけがえがない。

明るい挨拶と人の繋がりのある地区は、目に見えないお守りの効力があるんだな、とつくづく思いました。

西葛西は日本のヨハネスブルク(失礼!)と言われた方がいて、笑っちゃいました。ほんと、うまいこと言うなぁと思って。

しかも、すごく変な話ですが、当時、ウチには、この世のものではない方がいたんです。若干名。

一人は完全に住みついていました。中年の、痩せ型の、陰気な男。もともと住人だったのかもしれません。当時、夫は激務の極み。私は、毎日、この世のものではない陰気な男の気配を感じながら、ご飯作ったり、洗濯したりしていたわけです。男は動き回る方じゃなくて、いつも南の部屋でじっと座っていました。壁に持たれて。一点を見つめて。

大人しく、ただそこにいるだけだけど。

気持ちよくはない。笑

だけど、まあ、毎日拭き掃除して、元気に暮らしていたら、いなくなっちゃってました。

気持ちがほぐれて、天国にいったのかしら。

西葛西は、埋め立て地だから、古くからの文化は何もないけど、『インド』が根付いて、独自色を添えました。先住していたチャンドラニさんが、来日したインド人たちの不動産物件探しからアシストし、奥さんに内緒で保証人にもなったといいます。外国人に住居を貸すのを嫌がる大家さんは多いので、先住していて、地元に信用のあるチャンドラニさんが保証人になってあげることで、住処を得ることができたインド人が何人もいたわけです。赤の他人の保証人になるなんて、誰だって嫌だし、怖いことでしょう。そういう泥臭いところから始まっている。

そうして、次第にインド人が住み着くようになって、最初は単身者ばかりが入れ替わり立ち替わり。故郷の味が恋しいから、インド家庭料理の店を作り、インドから料理人を呼ぶ。妻帯者が住むようになると、インド食材店がほしい。子どもが生まれるようになると、インド式の教育を受けられる学校が欲しい。

インドは数学発祥の地で、インド人は数字に強い。インド式の掛け算、流行りましたね。要はインターナショナル・スクールですものね。授業は英語ですし。インド人学校は教育熱心な日本人にも注目され、人気です。

インドから住み着く人が増えるにつれ、必要性の出てくる生活インフラ。チャンドラニさんを中心としたインド人ネットワークの力で、一つ一つ、課題をクリアしていったのです。すごいな。インド人。

さらに、近年はついに、日本国籍を取得したインド人が江戸川区議会に立候補し、見事に当選。『東京ディワリフェスタ西葛西』というインドのお祭り(秋の)も定着。

私が西葛西に住んでいた頃から、じわじわと、西葛西のインド人コミュニティは動いていたので、振り返って見ると、思い当たることは色々あるのです。チャンドラニさんの姿は何度も見かけたことがあるし。開店したばかりのインド食材店を探しに出掛けたこともありました。だけど、まだ、萌芽の段階だったのですね。

興味深い。面白い。ハマって読みました。西葛西のリトルインディア、足立区のリトルマニラ、埼玉県八潮市のパキスタン人(ヤシオスタン、と言われている。中古車関連が多い)、日本最大モスク(イスラム寺院)東京ジャーミイのある代々木上原、などなど。。都内中心、関東ばかりですが、著者の目で、耳で、足で、よく描かれています。コンクリートの割れ目でも根を張り、枝を広げていく樹木のような、たくましい姿に励まされます。

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