吉村医院の話⑥〜吉村先生の余韻。代替わり〜田中寧子先生。

①で書いたように、久しぶりに吉村医院に行きました。婦人科検診を受けるためです。15年前、直径10センチ位だった子宮筋腫は、現在どうなってるのかしら。吉村医院は今どんな風かしら。古屋、久しぶりに見たいな。ワクワクしながら💕

吉村先生の一人娘の織絵さんは医師にはならず、音楽をやったりしてご活躍。医院は、私がお世話になった15年前から時々診察に入って吉村先生を助けながら、吉村先生に学んでいらっしゃった田中先生が、代替わりして引き継いでいらっしゃいました。

吉村医院の象徴のようであった古屋は、今は医院の管理下にはなく、かつてのような活用はなされていません。コロナ禍ですしね。

元々、吉村先生の骨董趣味が高じて、古民家で酒盛りしたら楽しかろう、というアイデアから入手されたもの。維持管理や権利関係など考えると、色々難しいだろうな、と想います。

万事、吉村先生が強力な磁場になって、成り立っていたものだから、亡き後は、形を変えていくのが自然なことなのでしょう。

吉村医院を引き継がれた田中寧子先生。

診察を受けるのは、今回が初めて。

吉村先生とは全く違う個性。化粧っ気のない着物姿。『茶色いおかず』みたいな人だな、と思いました☺️💖芋の煮っ転がし、筑前煮、高野豆腐のイメージ。地味、滋味。実のある、和のお惣菜たち。いわゆる「お医者さんらしくない」ところは吉村先生に似てる😊

しっかり診て、じっくり話してくださりました。

代替わりって、いいもんだな💖と思いました。独自の道を拓く人は、トンガってる。厳しさと華やかさ。強いエネルギーがある。だから拓くことができるのでしょう。引き継ぐ方は、も少しまろみがある。そうやって、こなれて、根付くものになっていくのかな。

私の子宮筋腫は直径5センチ位に小さくなっていました。何の心配もありません。それを田中先生は『木のこぶ』みたいな、カッコいい、と表現されました。面白い。わかりやすい。ユーモラスで温かい。

世の中には色々な人がいます。エネルギー量が並外れて、新たな道を拓く力のある人はたまにいますよね。既成概念にとらわれず、本質を観て発想して。

そういう人は、多くの人や物事に、影響を与えていくんだな、と思います。奥深く、幅広く、末永く。

たまたま出向いた先で、吉村妊婦OBの活動を知ることも、珍しくありません。吉村医院の出産を機に、生き方を見直され、転職された方もいます。

エネルギー量の並外れた人は、魅力も影響力も強すぎて、原発みたいなところがあるから、防護服なしで安易に近寄ると汚染されちゃうよ〜😚という面もありますが、やはり、多くの人の心底に響く力があり、様々な活動の種になっていると思います。

吉村医院は、建物が老朽化しており、現在、医院の向かいに新しく建築中です。なんか、いいなぁ🥰と思いました。

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