あなたは何歳なんですか?〜年齢にまつわるお話あれこれ

ずいぶん前のことです。当時、幼稚園児だった子どもくんの口から驚きの発言が。

『知らないお母さんが、(あなたの)お母さん、何歳?と聞いてきた』と。

なんですって⁉️私に直接聞かないで年端もいかぬ幼い子どもに聞くとは。しかも自分は名前も名のらず、匿名希望❓曲者❗️無礼者❗️卑怯者❗️👹

「そういうヤカラには、あなたは誰ですか、あなたは何歳ですか、と聞くのよ」名を名のれ、じゃ👹👹

「ママの年、言っちゃったよ」うちの子は当時4歳🐣ホケーとした男子🐥にやにや、にっこり、おぼこくて、いつもご機嫌、楽しそう🌼🌷🌻🌸🐥

くそ~、言っちゃったのか~。なにやら、負けた感があるわ。『悪』に負けた感が。

「今度から、そんな風に聞いてこられたら、ハタチと言えと言われています、と言いなさい」と子どもに言い聞かせました。笑


まあ、これは悪い例拙い例ですね。😅


老練の技は華麗です。✨

長く生き抜いてきた方々は、それぞれ、身についた技をお持ちなので、若いもんには及びもつかない。

初対面、新学期、薄い関わり、社交、仕事、趣味サークルなどなど、小さく限定的な切り口から人同士繋がる場合、特有の、微妙な、緊迫したやり取りが繰り広げられることが、ありますよね。

さて、女性に年齢を尋ねるのは失礼、というのがありますが、これって、なんなんだろ。女性だから失礼なの?男性なら失礼じゃないの?だとすれば、そもそも失礼なんじゃないの?

色々と思うところがあります。

実際のところ、人は多様なので、年齢は(あまり)関係ないですしね。健康(知力体力気力含む)や死というところでは関係してくるけど。

子どもが囲碁好きだったことから、なんやかや、10数年、囲碁と関わる中で、本当に、ひょんな成り行きで、非営利の囲碁クラブを立ち上げ、運営したことがあります。事情で、どうしても私自身が続けられなくなったので、場は残して人に譲り、私は引退しました。

その一連の流れの中で、沢山の人と出会い、濃密に関わりました。

若くても頭の固い人もいれば、高齢者でも柔軟で生き生きした人はいる。

若くても聡い人はいるし、高齢者でも、うむむーという人はいる。

そして、はるかな年の差を超えて🌄🏞⛰、なんていうのかしら🤔🤔友愛というか、深いレベルで繋がる、響く。そういうことって、ある。

年は関係ない。しみじみ。

私は、ばっちり高齢出産なので、子どもが小さい頃の『ママ社会』では、まわりは『若いママちゃん』だらけでした。ところが、当時の私は実年齢よりはるかに若く見られがちで、人生サイクルが超速ならば私の『娘』だったかも?と思う『ママちゃん』までもが、私を目下扱いしてくる。若見え自体は嬉しいけれど、違います!と切り出すわけにもいかないし、内心、困惑。だけど、子育て経験に関して、私が下っぱなのは事実だから、色々教わった方がいいし、構えずフランクに話す方が楽しい。あまりにひどい誤解をしてる風な人には、あえてタメ口をきいて、小さくアピールしたこともあるけど、それも角が立つ。薄い関わりで、いちいち言うのも、なんだかね。だから、まあ、これはこれでいいわ、と思いました。

この、なんだかね、の部分。掘るとざくざく出てきます。🔨💰ざくざく、どろどろ。ざっくざっく、出てきます。💰💰💰

だから、でしょうね。

すごい猛者がお一方いらっしゃいました。母の習い事繋がりの方なので、私は直接の面識はありませんが、なんだか、近くに感じる方でした。

大ぶりで優美な帽子がよく似合う、おしゃれ上級者で、匂いたつ品格、お育ちの良さが滲み出る、素敵な方。母より一回り年上、と聞いていました。純粋に習い事繋がりだけで、住んでる場所も遠い。だからこそ、憚りなく、率直に、お互いの個人的なことも話ができるという面はありますよね。生まれ育った家の豊かさも、嫁いだ先のゴタゴタも。

その方も含めた小さな繋がりの輪が楽しくて、母はよく、その方のことを話しました。度々、気の利いた贈り物を、家族でいただきました。ちょっと珍しいもの、とても美味しいもの。

驚いたのは、その方がお亡くなりになった時。

会葬御礼に書かれていた故人の年齢が、はるかに大きいのでした。一回り年上と聞いていたのに、二回り近くも‼️

あの方は嘘をつくような人じゃない‼️これは何かの間違いよ‼️

最初、母たちは葬儀の会葬御礼が間違ってる、と疑うほどの勢いでしたが、もちろん、そんなことはあるはずもなく。

あまりにも良い方、誠実で、優しくて、品のある、素敵な方だったから、年齢を偽るだなんて、あの方に限って、そんなことあるはずない、と、皆さま、思われたのですね。だけど、たった一つだけ、ご自身の年齢だけ、嘘をついて、その嘘をつき通して、亡くなられたのでした。

母たちの混乱ぶりがあまりにひどかったのと、たまたま、かかってきた電話を私が受けたので、娘さんとお話しました。当然ですが、やはり正しいのは会葬御礼。そして、これまた当然ですが、娘さんは、亡くなられたお母様が母たちのグループで、ご自身の年齢を大きく偽っていたことはご存知なく。お母様を亡くされて間もない沈鬱さが吹っ飛ぶ勢いで、物凄くびっくり‼️されました。事情が腑に落ちてくると、今度は、げらげら、腹の底から大笑いされて。笑って、笑って。大爆笑しながら、ぼろぼろ泣いていらっしゃるのが、電話ごしに伝わってきました。

趣味繋がりの女性だけのお友だちグループなので、年齢は様々でしたが、その方だけが大正生まれだったのですね。あとは皆さま、昭和生まれ。年号が違うというと、印象として、隔たりが出るから、それがお嫌だったのでしょう。フラットな関係性を望まれたのでしょう。

実際、外見も中身も若々しく、様々なことに取り組まれ、みずみずしい方だったから、初対面で、実年齢の印象一つで、『おばあさん』だと、色眼鏡で見られるのはお嫌だったことでしょう。

要するに、内実に即さない硬直化した思い込みで、傷つけられたくない。そのままの自然な形で、新たな出会いの輪に受け入れられたい。元気に自分らしく生きていきたい。気持ちよく人と繋がりたい。楽しく。そこに尽きますね。非常にシンプル。

母たちも、娘さんも、そして私も、その方の、お茶目な心意気に打たれ、ゲラゲラ、くすくす、思い出す度に笑いがこみ上げ、なんかいいなぁ、好きだなぁ、と思いました。私も頑張ろー❣️と、深く励まされる思いがしたのでした。

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