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首里城〜沖縄在住の友人から

こんにちは。かめーご 代表 吉田です。

首里城が全焼したニュース。驚きと悲しみを持って、受け止めました。早くも支援の動きが活発、という報道が出ていますね。

夏に沖縄の友達親子に会いに行き、首里城は、正直、ギリギリまで行くかやめるか迷ったのです。時間も遅くなってしまい、中には入れないかも・・と思いながら、入れなかった外だけでもいいわ!と決めて、友達と3人で行きました。友人の娘さんは、塾で。ママと私と私の子ども。

首里城は、あの時期、遅くまで開いていて、行ったら中にも入れて、隅々までゆっくり観ることができました。まさか、あれが見納めになるなんて。。

友人は、首里城に近いところに住んでいて、娘さんの通う中学校は、ほんの目と鼻の先です。「大変なことになり、驚いています、大丈夫ですか」とメールをしたら、速攻で、超ロングな返信がきて、衝撃の大きさ、思いの深さをしみじみと感じました。ブログに寄稿してくれる?と話して、届いた文章、以下です。


首里城のこと。本当にとても悲しいし、沖縄では当日はみんな茫然自失でした。

ウチナーンチュの人々は、歴史的にいろんなものを踏みにじられてきているので、ごく若い世代を除いては、県外にも誇れるものを自身の誇りやアイデンティティーの拠り所にしているような側面もあるように、日々、感じているのですが、だからこそ、今回の首里城の火災は、他県の歴史的建造物が失われた場合に比べ、一人一人の喪失感が、より深いように思います。

首里城が全焼してしまったということは、年配の人にとっては、沖縄戦直後の何もかも失った時代すら思い起こさせるものだったりもして(あの時も首里城、焼けてしまっています)

このニュースを知った時も、そして今も、首里城関連のニュースを見る度に、移住組の私ですら、気持ちが本当にざわつき、涙が滲みます。

家から首里城は歩いても20分くらい。毎朝ニュースで映されていた首里城が臨める池の脇を通って出勤しているのですが、今も毎日、若い人を含め、首里城を見上げて、涙ぐんだりしている人たちの姿を通勤時に見かけます。娘の学校は、首里城からもっと近いので、当日は一日中、学校にいながらにして煙くさかったんだそうです。

ただ、そんな中で本当に幸いだったのは吉田さんとせいちゃんのお陰で、30年かけて完成した首里城を、燃えてしまう前に見ることができたことです。本当にどうもありがとう。

当日、塾があった娘を連れて行ってあげられなかったことは、とても悔やまれるのですが・・。沖縄の友人たちも、修復が完成し、気にはなりつつも、最後に中まで入ってみたのはいつだったか・・という人も案外多いんです。

いつも見上げればそこにあって、無料区域の庭は幾度となく散歩をしても、地元すぎて、なかなか中まで行かなくてね〜っていう話をよく聞きます。

今はただただ、1日でも早く、首里城の再復元が実現するように、心から祈る毎日です。

首里城の再建に向けた、ふるさと納税を活用したクラウドファウンディング。https://www.furusato-tax.jp/gcf/717 や口座への募金の呼びかけhttps://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/492742も開始されていますので、関心のある方がいらっしゃいましたら、ご協力いただけると幸いです。

長文・乱文で失礼いたしました。

お忙しい中、最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。


近年は、本当に、災害が多いですね。募金というのは、一つの支援の形。色々な形で心を寄せることが大事。まずは、知ることから。私はそう思っています。多分、友人も。

「311が起きた時、封印していた記憶がウワーッと押し寄せて、気がついたら、靴も履かず、裸足で、孫にあげようと貯めていた小銭ばかりを集めた缶を持って、外に立っていたんです。とにかく、募金しなくっちゃ、と思ったんですね」と話してくれたのは、長崎で原爆に遭った方でした。

優しい方は、そんな風に思う方も多いから、だからこそ、募金を使う方々には、よく考えて大事に有効に役立てていただけるといいな、と思います。皆の気持ちですから。

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