好きな車に乗ってみる④水ぶっかけて自然乾燥→機械洗車→手洗い洗車へ。飛躍の道のり

カーテンを洗ったこと(ほとんどor全く)ない人、実は結構いると思います。洗うモノだという認識が無かったり、甘かったりするのでしょうね。

私は、車は洗うモノだという認識が、極めて薄くて、甘くて、乏しかったです。年に2回位、機械洗車に行けば上等、という意識。花粉症シーズンと年末でいいかな、と。

私の母は、家の片付けや掃除は行き届いた方だと思いますが、車に関しては、ごっそり抜け落ちていて、ずいぶん、雑。花狂いなので、庭には命かけて美しさを追求していますが、車に求めるのは、安全安心な『足』であることと、そこそこのカッコよさ。あくまでも花が主役。車は地味で控えめな黒子的な外観でなければならない、という考え。さしみのツマのように。

母は、花の水やりのついでに、車庫の車にジャージャー水をぶっかけるんですね🚿🚿🚿大まかなホコリは落ちますが、そのまま自然乾燥ですから、ひどい水垢がこびりつきます。でもまあ、そんなの気にしない。気にならない。

大好きなお洋服にポチッとついたシミ一つ、とか。最近お肌のハリが悪くて化粧のノリが悪いな、とか。そういうところは高感度なアンテナ立ってて、少しの変化も見逃さないのに。車に関しては、アンテナ立ってないのです。

私はそんな母の影響が色濃く出たのかしら。車のことで、よくダンナくんとケンカしました。

ダンナくんは、大好きなスバル車を、大切にしています。二人で転勤暮らししていた頃、ダンナくんが仕事に出ている平日、私はダンナくんの宝物のスバル車を『足』に使っていました。週末になると、ダンナくんの運転で、魚釣りに行ったり、お買い物に行ったり、温泉に行ったり。行く前に、準備の良いダンナくんが荷物を積みこむ間に、私が化粧して身支度して、出て行くと、ダンナくんがムカムカ怒ってることが、よくありました。

「ぶつけたでしょ?キズがある」

「えー?ぶつけてないよ、一度も」

「だってキズがある」

「どこに?」

こことここ、とダンナくんが指し示す位置に『キズ』なんてないのです。

「無傷じゃん」🤷‍♀️

「あるでしょー‼️」

顔を寄せて、よくよく見ると、かすかにシュッと、あるような、ないような。

「こんなの傷のうちに入らないでしょう⁉️」

ガツッとか、グシャッとか、ボコッとか。そういうハッキリしたのじゃないと、傷の範疇じゃないと思ってたのですね。私は。まさか、こんな、顔寄せて凝視しないと見出せない✨星座的なシロモノ✨が、傷と見なされるとは‼️びっくり‼️

ダンナくんはカンカンに怒るけど、私はわからない。だんだん腹が立ってきました。

「そんなに車が大事なら、サランラップでも巻いとけば💢⁉️😡」と、一喝しちゃった。

ダンナくん、数時間、布団から出てきませんでした。お出かけも中止。なんか、すっごく悪いことしちゃったみたいだなー、とは思うけど、そんな細かいこと言われてもねー、と思うのですよね。だから、以来、✨星座的小傷✨に対する苦情には、「馬が蹴った🐎」「かまいたち(妖怪です)が現れた」「妖精🧚‍♀️の仕業かしら」などで、かわすことにしました。笑 

こんな人間が、洗車なんか、するわけありません。

 

ダンナくんが、週末、嬉々として洗車するのも、どちらかといえば、苦々しい気分で眺めてました。車をキレイにするより、ウチの片付け掃除を優先しましょうよ、魚釣りの後片付けほったらかしで洗車はナイでしょ、車はお外走るモンでしょ、車で暮らしてるわけじゃないでしょ、雨かぶっとけば?お家は洗わないでしょ、と思ってたんですよね。

あー、ひどいですね。かつての私。

自分が心底『可愛い😍』と惚れたフィアット500に乗るようになると、愛犬をペットサロンに連れていく感覚で、機械洗車に行くようになりました。まわりの方々を真似て、置いてあるタオルで拭きあげるようにもなりました。

私としては、格段の進歩です✨🤨

ところが、ある日、当時、立ち上げて運営していた囲碁クラブで、副代表をお願いしていた方に、言われちゃいました。

「車のホイール、雑巾で拭いたら?」

職人気質のキチッとした人なので、汚ねえなあ、見ちゃおれん、と思われたのでしょう。こういう他人目線って、響きます。囲碁クラブのお爺さんに、汚いと思われるなんて❗️ダメよね🙅‍♀️👎と思いました。

フィアット500は、ブレーキの仕組みの都合上、前輪が汚れやすいのです。なんか前足ばかりが汚れるなぁ、とは思っていましたが、機械洗車ではホイールまではきれいになりません。私のチンク生活のバイブル『可愛さ至上主義』によれば、

洗車場によっては、洗車機の前にタイヤ洗い用のバケツとブラシが置いてある所もあるそうてすが、私が洗車カードを購入した、近所のガソリンスタンドには、そういうサービスがありません。

その後、しばらく経った後ですが、コーティングしたのを機に、私は、遂に、手洗い洗車へと踏み出したのでした。

手洗い洗車するようになり、だんだん『気づく』ようになりました。だんだん、だんだん、少しづつ、感覚が開かれていくのだと思います。劣化したゴム部分も、前は点検でディーラーの方に指摘されないと気づかず、そのまま乗っていましたが、今回は初めて、自分で気付きました。そのうち✨星座✨も見えてくるかも。

とはいえ、まあ、ねえ、やはり『走る』ものですし『使う』ものなので、あまりにも神経質にピカピカを保とうとする方向性は、性に合いません。ラフに楽しみたいな、と思います。

だけど、あまりにも気づかな過ぎ、見えなさ過ぎ、無知過ぎ、雑過ぎのままというのもねえ。物哀しいわ🍂

やはり、愛❤️を持って、日常的に接して、お世話しているうちに、じわじわ分かってくるのでしょうね。何事も。

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