吉村医院の話⑦〜吉村医院の助産師さんのこと。深く刻まれた言葉『赤ちゃんに聞いてみましょう』

高次医療の病院で出産し、長めの入院期間を経て、退院した後、私は希望して、吉村医院に数日間、入院させていただきました。

吉村医院の入院食を食べてみたかったのと、吉村流の産後ケアを経験したい&赤ちゃんのお世話の仕方を学びたくて。赤ちゃんを産んだ後しか入院できないのだから、私は一生一度、今しかチャンスはありません。

実は、私は妊娠中一度もいわゆる「母親学級」に行きませんでした。妊娠の全期間通して、ひどい悪阻だったのと、母子ともに無事に出産できるかわからない、ということが常に頭の片隅にあったので、行く気になれなかった。出産後をイメージできなかったんですね。だから、新米ママとしても、ずいぶん無知な状態だったと思います。高次医療病院で、赤ちゃんのお世話のイロハは習いましたが、なんとも心もとない感じがしていました。

吉村医院と高次医療病院。あっち側の極端とこっち側の極端、という感じです。それぞれ、役割が違いますからね。穏やかな日常の中での赤ちゃんのお世話、となると、私は、吉村医院のやり方に惹かれるものがありました。子育てグッズは少なく、ママがどっしりと構えていて、楽しそう。付いていけない、と感じるところもありましたが、太いたくましさに憧れました。爪の垢でも頂いて、煎じて飲んで見習いたい、と思ったのです。

高次医療病院では命を助けていただきました。そして、私は、魂が求めるものを吉村医院に求めたのかもしれません。

吉村医院の入院食は地味な和食ですが、滋味あふれ、身体にしみる美味しさ。

旬のもの、純良な調味料、作り慣れてこなれた味。手をかけてあり、温かい。

新米ママの私は、ふにゃふにゃした新生児の扱いが不安でした。高次医療病院に入院していた期間の3分の2は、アナフィラキシーショックの後遺症で、半身が麻痺して動かず、手も動かず、立つこともできなかったので、赤ちゃんが泣いても自力で抱くことはできませんでした。赤ちゃんの扱いに不慣れで、心細い。すぐに助産師さんの顔を見ちゃう。これでいいですか?合ってますか?と目線で指示を仰いじゃう。

そんな私に、助産師さんは『赤ちゃんに聞いてみましょう』と、言ってくださいました。きっぱりと。爽やかな風が、心に吹きこんだ気がしました。

考えてみたら、赤ちゃんは何倍速ものスピードで日々進化しているのだから、固定化した観点から見ていたら、すぐにズレる。赤ちゃんをよく観て、折々に対応していく方が現状に合うんだろうな、と思います。

必要な知見を得たら、あとは、『赤ちゃんに聞いてみましょう』。あーかな、こーかな、模索しながら、赤ちゃんと向き合って、子育てしたらいいんだよ、と教えてくださったと思います。

吉村医院の助産師さん達は、『風』のような人たちだな、という印象でした。私が通った2006年当時、全国から沢山の助産師さん達が勉強に来ていました。通う妊婦の立場では、入れ替わり立ち替わり、という感じです。吉村先生は、ご自身のやり方考え方を広く伝えたいご意思だったので、オープンに柔軟に、求める方には広く門戸を開いていらっしゃいました。

私に『赤ちゃんに聞いてみましょう』の言葉をくださった助産師さんは、今ごろ、どこにいらっしゃるのかしら。どこかで、不安な気持ちの妊婦さん産婦さんを、力づけていらっしゃるんだろうな。

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