こんにちは。かめーご 代表 吉田です。
私はおばあちゃん子でした。(父方の。子ども時代は父方の家で暮らしていました。以前書いた、美人の祖母は母方の祖母。)母の胸にはいつも妹が抱かれていて、私の居場所はなかったので、夜、ふと寂しくなると、階下のおばあちゃんの部屋に行き、おばあちゃんのお布団に潜り込んでいました。「おお、冷たい!冷たい足だねえ、つるつるの、かわいい足だねえ」と言いながら、私の足を自分の太腿に挟んで温めてくれた祖母の優しい声が、今も耳元に残っています。
だけど、この祖母、今思うとエライことを、小さな孫娘に仕込んでおりました。笑
「意味などわからなくてもいいから、覚えておきなさい。いくちゃんが死ぬまで絶対にしてはならないことが3つある」
保育園から帰って、おミカンなんかをおばあちゃんと食べていると、物々しい様子で言い出すんです。こういう時の祖母は、決して私を子ども扱いしません。一個の人間として、真正面から向き合い、しっかり見据えて話しかけてくるんです。自ずと、私も、座り直して正座で聞きます。
「一つ、他人の保証人になってはならない。一つ、メクラ版を押してはならない。一つ、手形の裏書きをしてはならない。さあ、言ってごらん」
・・暗唱させるのです。笑
私が桃組の頃でしたから、年中さんですね。4歳。
祖父母は、戦後の混乱の時代に会社を立ち上げ、成功しました。父が事故で重い障害を得たので、跡取り孫娘を仕込むことで、気持ちを支えていたのかもしれません。人を見たら泥棒と思え、がベースの、闇市感覚に溢れた、実践的な教訓の数々。。
「もらう時は、現金が一番。潰れそうな会社の手形なんて、つかまされちゃいけないよ」・・とか。笑
商い一途で、あっちにはああ言い、こっちにはこう言い、ということの多い人でしたが、「子どもには嘘言っちゃいけない」と、いつも言っていました。確かに私が子どもの頃の祖母は周りの誰よりも信頼できる優しい人でした。私が大人になったとみると、手のひら返して「手形にしておくかね?」とか言ってきて、驚きましたが。
若い頃は女を盾に弱いふり、決定権がないふり。無学なのでと下手に出ながら、様子見、時間稼ぎ、ほめ殺し。歳を取ったら、ボケたふり、無知無垢なふり。
「私が死んだら地獄に行くよ。閻魔様に舌抜かれるわ」
ぺろっと舌を出していた祖母のしたたかな笑顔を今も思い出します。ハードボイルドでかっこよかった。
だけど、それで終わりじゃありません。〜裏を見せ、表を見せて、散る紅葉。
一体何のためにお金儲けをするのか。どうやって生きていきたいか。何がしたいか。何が好きで何が嫌いか、何が楽しいか、何が幸せか。そういう問いを大事にしよう。人前では照れて言えないような、青臭い問いを、敢えて、抱いていよう。そうでなければ、欲望にはキリがない。乾きが癒される日なんて来ない。一部地域のゲリラ戦で勝ち上がっても、トータルでは大損。壊滅的。
いつの頃からか、私はそんな風に思うようになりました。
私の周りは、あっちを見ても、こっちを向いても、平和で和やかとは言い難い状況が多発していたんです。血で血を洗う、、、。
要の古狸は、おばあちゃんでした。そうして、私とおばあちゃんは、生き別れに。
数年後、おばあちゃんが亡くなった葬儀の席で、おばあちゃんが、ドンピシャリ、私の誕生日に亡くなっていたことを知りました。
その事実自体が、メッセージのような気がしました。大きな包みを一つ、どん、と送り届けられ、受け取ったような。だけど、包みの中身はまだ未開封のまま。そのまま。