梅雨入り前の真夏日が続きますね。コロナ休み明け。世界中が寝ぼけているみたいな。何もかもが、ぎこちなくて、生まれたてな感じ。そして、空気がきれいになりましたね。花粉症がすごく軽くて、楽でした。
母の庭は、白とブルーが基調の静かな庭づくりです。昔、高橋永順というフラワーアーチスト?写真家?が流行ったことがあり、母は影響を受けたと思います。ナチュラルだけどワイルドじゃなくて、品格があるけどギラギラ・ツンツンしてなくて、優しいけど野暮じゃない。そのあたりの、微妙な路線・・。花道の山村御流も、母は習ったことは一度もないけど、大いに学んだと思います。本を見たり、華道展にもよく行ってました。昨今はすっかり廃れて下火になったけど、母世代は蘭愛好家の多い世代。かつては蘭展が盛んだったので、蘭好きお花好きのお友達と連れ立って、毎年欠かさず行っておりました。
こういうのが好き!こういう感じに惹かれる!
惚れて、惹かれて、学びながら、実践していくうちに、自分流になるのでしょうね。
あと、与えられた環境の影響もありますよね。「本物」の持つ力は伝わるから。
母の嫁いだ家(私の育った家ですが)は、なぜか、一族に骨董好き・茶道好きが多くて、純和風の庭を作る人が多かったんです。灯籠、石、冠木門、手水鉢、苔、松、池、錦鯉・・。座敷に炉を切るだけでなく、庭に茶室を建てたり。私の祖父は、他市のお庭好きな趣味人が遺した庭を、庭ごと買って、移築して、大切にしました。純和風の庭に、薔薇は植えられません。母はあの頃、手水鉢の近くに鉄扇を這わせたり、鷺草を育てたりしていました。
母はあの家を出てから、自分の好みを自由に発揮できる庭づくりのできる状況になり、現在に至るわけですが。。
あの庭の風情が残る、エッセンスが漂う(と私は感じる)、不思議な和洋折衷の庭になりました。
コロナ以降、せっかく訪れてくれた方にお茶の一杯もお出ししたい時、私は庭にお誘いしています。お天気の良い時限定ですが。
涼しい陰のできた庭の石に並んで腰掛けて、対面にならず、一緒にコーヒーを飲んだり、アイスクリームを食べたり。
夜、網戸に小さなカマキリ。初夏ですね。